形態的類型論について
形態的類型論は諸言語を形態論的に分類する言語類型論の一種です。形態的類型論では、諸言語を総合の指標(index of synthesis)と融合の指標(index of fusion)という2つの段階性をもった連続体を成すパラメータによって、孤立型、総合型、膠着型、融合型の4つに分類する見方があります。
総合、もしくは統合(synthesis)とは、語が複数の形態素から作られる語形成の過程のことです。この指標は1つの語に含まれる形態素の量にかかわり、1つの語に含まれる形態素が1つであるものと1つの語に多数の形態素を含むものを両極とした連続体のパラメータを指します。総合の指標が低いもの、すなわち1つの語に含まれる形態素が1つであるものは孤立型と呼ばれ、孤立型の傾向が強い言語として中国語やベトナム語が挙げられます。1つの語に多数の形態素を含む総合の指標が高いものは総合型(synthetic)で、エスキモー語などがあります。(語境界の話はここでは避けます)
融合(fusion)とは、語内部の形態素境界が曖昧になることで複数の形態素が合わさり分割不可能な形態になる語形成の過程のことです。融合の指標は語内部の形態素境界の明瞭さにかかわる概念なので、語内部の形態素境界がはっきりしているものとはっきりしていないものを両極とした連続体のパラメータを指します。融合の指標が低い前者は膠着型(agglutinative)、融合の指標が高い後者は融合型と言います。この指標は語に複数の形態素を含む場合にのみ適用できるため、上述の総合の指標における孤立語には適用できません。
完全な孤立型、総合型、膠着型、融合型の言語は存在せず、上記の指標をもってして諸言語を「孤立型的な言語」「膠着型的な言語」などと捉えます。
孤立型(isolating)
理想的な孤立型(isolating)は1つの語に1つの形態素が含まれ、語と形態素との間に一対一の対応があるような言語を指します。孤立型に分類される言語は孤立語、孤立言語、孤立型言語(isolating language)などと呼ばれます。
(1) 他们 对 你 很 尊重。
彼ら ~を あなた とても 尊重する
(2) 双方 条件 完全 相同。
双方の 条件 全く 同じ
例えば(1)(2)の中国語の例では全ての語が形態的変化せずにそれぞれただ一つの形態素から成り立っており、理想的な孤立語の特徴を含んでいます。このように中国語は単形態素の語が多く、孤立語的な言語に位置します。ただし中国語の全ての語が孤立語的に振る舞うわけではありません。例えば、一般に一語としてみなされる「结婚」は離合詞ゆえに一つ目の形態素「结」と二つ目の形態素「婚」に分けることができるので語内部に動詞と目的語を含んでいると見ることができますし、他にも「书(本)」と「店(店)」の二つの形態素からなる複合語「书店(本屋)」もあるなど孤立語的な特徴を有さないものもあるからです。しかしながら複数形態素の語を許さない傾向が強いことから孤立型的な言語として分類されています。
孤立型の言語は形態的変化をしないので格関係などの文法関係を表す形態的特徴を持ちません。そこで文法関係を表すために用いられる手段が語順です。孤立型の言語は語順が厳密に決まっており、語順によって文法関係を表します(※2: 134)。
総合型(synthetic)
総合の指標が高い言語、すなわち1つの語に多数の形態素を含む言語は総合型(synthetic)と呼ばれ、その度合いが特に高いものを多総合型や輯合語(polysynthetic)と言います。
(3) angya-ghlla-ng-yng-tuq <エスキモー語>
ボート-指大辞-獲得する-願望-3人称単数
(彼は大きなボートを欲しがっている)
(4) tə-meyŋə-levtə-pəɣt-ərkən <チュクチ語>
一人称単数主語-大きい-頭-痛み-不完了相
(私はひどい頭痛がする) (※1: 46-47)
(3)は angya(ボート)という単一の語彙的形態素にその他の文法的形態素が結合して一つの語となっています。一方(4)は meyŋ-(大きい)、levt-(頭)、pəɣt-(痛み)という3つの語彙的形態素に t-(一人称単数主語)と -rkən(不完了相)の文法的形態素が結合して一語となっています。この2つは一つの語に複数の形態素を含んでいるので総合型、多総合型です。
語根の数でいうと、(3)は一語に1つの語根が含まれているのに対し、(4)は一つの語に三つの語根を含んでいる点で区別できます。(4)のように語彙的形態素を複数結合して一語にすることを抱合(incorporation)といい、抱合が生産的に行われる言語を抱合型(incorporating)、あるいは抱合語(incorporating language)と呼びます。
膠着型(agglutinative)
一語に2つ以上の形態素が含まれている場合でも、融合の度合いが低いために語内部の形態素間の境界が明確であるものを膠着型(agglutinative)といい、膠着型に分類される言語は膠着語、膠着言語、膠着型言語(agglutinative language)と呼びます。理想的には1つの形態素で1つの文法範疇を表します。
単数 | 複数 | |
---|---|---|
主格 | adam | adam-lar |
対格 | adam-ı | adam-lar-ı |
属格 | adam-ın | adam-lar-ın |
与格 | adam-a | adam-lar-a |
所格 | adam-da | adam-lar-da |
奪格 | adam-dan | adam-lar-dan |
(※1: 45) |
例えばトルコ語の曲用では、数(単数と複数)と格によってそれに対応した接辞がつき形態素境界が明確です。単数は何も標示せず、複数には -lar- がつく点で一貫していますし、主格はゼロ格、対格は -ı、属格は -ın、与格は -a、所格は -da、奪格は -dan で明確です。膠着型の言語は一語に少なくとも一つの語形変化しない形態素が含まれ、それに各種の接辞が膠で接着したかのようにくっついた形をとります。
食べる tabe-ru
食べられる tabe-rare-ru
食べさせる tabe-sase-ru
食べれる tabe-re-ru
日本語も膠着型に分類されます。例えば「食べる」を例にとると、語彙的形態素 tabe- に非過去時制を表す文法的形態素 -ru がついていると見ることができます。また、受身を表す場合には -rare-、使役を表す場合には -sase-、可能を表す場合には -re- が動詞語幹に後接されますが、融合の度合いが低く形態素境界は明確です。
融合型(fusional)
融合型(fusional)は融合の度合いが高いので語内部の形態素境界が明確ではなく、1つの形態素で複数の文法範疇を表す(複数の文法範疇が分割不可能な単一の形態におさまる)という形態的特徴を有します。このような言語は融合型言語(fusional language)と呼ばれます。一般に屈折語や屈折言語(inflectional language)と呼ばれることもありますが、「屈折」は膠着型も融合型も持っているので、融合型のみを屈折語と呼ぶのは誤解が生じる可能性があります(※1: 46)。
Ia型 | 単数 | 複数 |
---|---|---|
主格 | stol | stol-y |
対格 | stol | stol-y |
属格 | stol-a | stol-ov |
与格 | stol-u | stol-am |
具格 | stol-om | stol-ami |
前置格 | stol-e | stol-ax |
(※1: 46) |
上表におけるロシア語「テーブル」の曲用では、複数形に現れる形態素が数と格を表す部分に分割できません。具体的には、複数属格に現れる ov は複数を表す形態素と属格を表す形態素に分割することができず、ov それ自体で複数と属格という2つの文法範疇を担う一つの形態素であるとみなされます。
かばん形態(portmanteau morph)
上述の ov のように、複数の形態素を実現している一つの形態をかばん形態(portmanteau morph)と言います。英語では be動詞、一人称、過去の形態素を実現している一つの形態素に was があったり、”go” と 過去の形態素を実現する went などがあります。日本語は膠着語的なので、融合型(屈折語)の言語に比べてかばん形態は少ないと思われますが… たぶん次のような例は日本語のかばん形態と言えそうです。(以下から私見)
(5) 私は寝る(watasi-ha-ne-ru)
(6) 高校
一つは「は」です。この形態は述語の主体という格を表すと同時に、談話における主題も表します。また、「寝る」の語末に現れる形態 -ru は非過去時制を表す時制形態素の実現態ですが、見方によっては断定を表すモダリティ形式と見ることもできるのではないかと思います。(断定のモダリティ形式はゼロ形態 φ とみなされることもありますが…)
「高校」という語形はもはやそれ以上分割できない単独の形態とみなせますが、そもそも「高等学校」を省略した形態であり、「高」は高等、「校」は学校を指すものと考えられます。したがって「高校」は高等と学校の2つの形態素を実現した形態であると言えるのでは…
参考文献
漆原朗子(2016)『朝倉日英対照言語学シリーズ4 形態論』50頁.朝倉書店
斎藤純男・田口善久・西村義樹編(2015)『明解言語学辞典』57,59,164-165,225頁.三省堂
(※1)バーナード・コムリー(著)・松本克己(訳)・山本秀樹(訳)(2001)『言語普遍性と言語類型論: 統語論と形態論』43-54頁.ひつじ書房
森山卓郎・渋谷勝己(2020)『明解日本語学辞典』60頁.三省堂
(※2)リンゼイ J. ウェイリー(著)・大堀壽夫(訳)・古賀裕章(訳)・山泉実(訳) (2017)『言語類型論入門-言語の普遍性と多様性』130-150頁.岩波書店
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