存在表現(existential expression)
事物の存在を述べる表現を存在表現(existential expression)や存在文(existential sentence)と呼びます。日本語においては述語が「ある」「いる」などの動詞をとり、「〈存在場所〉に〈存在主体〉が〈述語〉」や「〈存在主体〉が〈存在場所〉に〈述語〉」の構文で事物の存在を表します。この構文の述語に置かれる動詞を存在動詞(existential verb)と呼び、「ある」「いる」「存在する」のように動詞となる場合もあれば、「ない」「多い」などの形容詞となる場合もあります。
(1) 机の上にりんごがある。
(2) 向こうに野生の猿がいる。
(3) 読みたい本が図書館にない。
(4) 猫が冷蔵庫の上にいる。
日本語の存在文では、基本的に有生物と無生物によって述語に現れる存在動詞が異なるという文法が見られ、有生性のうち<有生物と無生物>の区別を利用する言語として知られています。存在主体が有生物であれば「いる」「いない」を用い、無生物であれば「ある」「ない」を用います。
存在文の述語は以下に示すように「~ている」「~てある」「~られている」の形をとることもあります。
(5) 壁に絵が掛かっている。
(6) 廊下に荷物が置いてある。
(7) 入口には記念碑が建てられている。
(8) 切れた電線が道路に垂れ下がっている。
(9) 菓子類がレジ前に並べられている。
どちらの文型を使うか
存在を表す文型には①「〈存在場所〉に〈存在主体〉が〈存在動詞〉」と②「〈存在主体〉が〈存在場所〉に〈存在動詞〉」がありますが、どちらを使うかは〈存在場所〉と〈存在主体〉のどちらが既知でどちらが未知かによると寺村(1982: 159)は指摘しています。
〈存在場所〉が既知で〈存在主体〉が未知の場合は普通①が用いられ(10)、どちらも未知の場合でも普通この文型が用いられます(11)。このときニ格は「に」だけのときもあれば「には」のときもあり、また「は」だけのこともあります。(以下、未知には下線)
(10) A:箱の中には何が入ってますか?
B:箱の中には人形が入ってます。
(11) A:部屋が広すぎて… いったいどこに何があるんですか?
B:こっちの棚に昔の書類が、あっちの棚は最近の書類が入ってるよ。
〈存在場所〉が未知で〈存在主体〉が既知の場合は普通②が用いられます(12)。このとき〈存在主体〉は「は」をとることがあります。
(12) A:荷物はどこですか?
B:荷物は部屋に置いてあります。
存在文は所有を表すこともできる
「私は一軒家を持っている」のようないわゆる所有文が表す所有の概念は存在文「〈存在場所〉に〈存在主体〉が〈存在動詞〉」でも表すことができます。所有の概念は存在の概念を拡張させたものと考えられるので、同一の文型が用いられるものと思われます。ただし、(13)における「私」の意味役割が〈存在場所〉で、「婚約者」の意味役割が〈存在主体〉であると捉えることはできなくもないですがやや無理がありそうです。この点は寺村(1982: 157)は区別すべきと指摘しています。
(13) 私には婚約者がいました。
(14) 私には夢がある
(15) 私には時間がない。
(16) 彼は子供が2人いる。
(17) 彼は常識がない。
所有を表す存在文と事物の物理的存在(あるものが具体的な場所に存在すること)を表す存在文には部分的に統語的な違いも見られます。例えば「AにBがある」という存在文は、所有を表す場合に「AはBがある」とすることができますが(18)、事物の物理的存在を表す場合には「AはBがある」とは言えません(19)。
(18) 私は車がある。
(19) *庭は車がある。
参考文献
金水敏(2006)『日本語存在表現の歴史』ひつじ書房
寺村 秀夫(1982)『日本語のシンタクスと意味Ⅰ』155-161頁.くろしお出版
中桐謙一郎(2007)「日本語の所有文に関する一考察」『太成学院大学紀要』9,pp.65-77
日本語記述文法研究会(2009)『現代日本語文法2 第3部格と構文 第4部ヴォイス』172-175頁.くろしお出版
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