指示代名詞/指示詞(demonstrative pronoun)
指示代名詞(指示詞)とは、「こ」「そ」「あ」を用いて事物(これ、それ、あれ)、場所(ここ、そこ、あそこ)、方向(こっち、そっち、あっち)、人(こいつ、そいつ、あいつ)、様態(こう、そう、ああ)などを指示する代名詞の一種です。指示代名詞には、指示対象が特定できない場合に用いられる「どれ」「どこ」などの不定称「ど」を含むこともあります。
下表のように代名詞には様々な品詞にまたがった語が含まれているため、代名詞という品詞区分を設ける場合には矛盾が生じてしまいます。
品詞 | 指示代名詞 | ||
---|---|---|---|
コ系 | ソ系 | ア系 | |
名詞 | これ | それ | あれ |
ここ | そこ | あそこ | |
こちら、こっち | そちら、そっち | あちら、あっち | |
こいつ | そいつ | あいつ | |
連体詞 | この | その | あの |
こんな | そんな | あんな | |
副詞 | こう | そう | ああ |
指示代名詞は、指示代名詞によって対象を指示する際にどのコンテクスト(文脈)を参照するかによって、現場指示、文脈指示、記憶指示の3つに分けられます。(詳しくは後述しますが、文脈指示ではコ系とソ系が現れ、記憶指示ではア系が現れます。この2つをまとめるとコソアでまとめられるるので、文脈指示と記憶指示をまとめて非現場指示と呼ぶこともあります。)
現場指示
指示代名詞のうち、発話現場の物理的状況(物理的コンテクスト)を参照して指示するものを現場指示(現場文脈指示)と言います。指示対象は発話現場にあるものであり、指示対象をコ系(近称)、ソ系(中称)、ア系(遠称)のどれを用いて指示するかは、話し手、聞き手、指示対象の3者の位置関係によって決まります。
話し手と聞き手が異なる位置にいる場合(対立型)
話し手と聞き手が異なる位置にいる場合、話し手の近くにある対象はコ系、聞き手の近くにある対象はソ系、話し手と聞き手どちらの近くにもない対象はア系の指示詞で指示します。
(1) 荷物はここにあるので取りに来てください。 (話し手の領域にあるもの)
(2) 手に持ってるそれは何ですか? (聞き手の領域にあるもの)
(3) 先生はあそこにいます。 (話し手と聞き手以外の領域にあるもの)
ここでいう「近くにある」などが指す距離感は絶対的なものではありません。例えば、話し手と聞き手が隣り合って座っていて距離的にとても近いと感じられても、(2)のように「それ」で聞き手の領域にあるもの指すことができます。絶対的な距離で近い・遠いとしているのではなく、話し手の心理的・感覚的な距離間にもとづく相対的なものです。
話し手と聞き手が同じ位置にいる場合(融合型)
話し手と聞き手が同じ領域にいる場合、話し手と聞き手から近距離にある対象はコ系、中距離にある対象はソ系、遠距離にある対象はア系の指示詞で指示します。
(4) ここから学校までどっちが早く着くか勝負だ! (近距離のもの)
(5) そこに猫がいるよ。見える? (中距離のもの)
(6) あの家、誰も住んでいないみたい。 (遠距離のもの)
ただし、ここでいう近距離、中距離、遠距離といった距離は絶対的なものではなく、話し手の感覚に基づく相対的な距離を指します。例えば、「ここからあの電柱まで走る」と言えば、話し手と聞き手の領域はせいぜい数メートルの範囲で、ア系指示詞で指示された”電柱”もせいぜい数十メートルくらい先にあるものと考えられますが、「この星からあの星まで500光年かかる」と言えば、話し手と聞き手の領域は惑星規模の範囲になり、”あの星”までの距離も500光年となります。近距離、中距離、遠距離という感覚は話し手の心理的・感覚的な距離間にもとづく相対的なものです。
文脈指示
指示代名詞のうち、先行する発話や後続する発話(言語的コンテクスト)を参照して指示するものを文脈指示(言語文脈指示)と言います。
(7) 手足が冷える。こんな日は温かい飲み物が欲しい。
(8) 卵かけご飯食べたくなる、そんなときない?
(9) 父がこんなことを言ってた。30歳過ぎたらあっという間だって。
(10) この話は秘密ですよ。実は手術したんです。
指示代名詞が言語的コンテクストの一部分を指示することを照応(anaphora)と言います。言語は時間の流れに沿って線状に連ねられるものなので、指示代名詞による照応は当該指示代名詞の談話上の位置を基準として、それよりも先行文脈に現れる一部分を指すか、後続文脈に現れる一部分を指すかの2通り考えられます。先行文脈の一部に対する照応は前方照応(anaphora)と呼び、日本語ではコ系とソ系が現れます。後続文脈の一部に対する照応は後方照応(cataphora)と言い、日本語ではコ系が現れます。
前方照応(anaphora)
(11) 直前になって突然の雨、こんなことってある?
(12) 昨日行ったラーメン屋。そこのラーメンは本当においしかった。
(13) 昨日行ったラーメン屋。ここのラーメンは本当においしかった。
(11)の指示代名詞を含む形式「こんなこと」は、それよりも先行文脈に存在する「直前になって突然の雨」を指示しており、指示するもの「こんなこと」と指示されるもの「直前になって突然の雨」を同定しています。このように、先行する文脈の一部に対する指示代名詞による照応を前方照応(anaphora)と言います。前方照応にはコ系とソ系が現れます。
ソ系を用いる場合は指示対象を中立的に指示し、コ系を用いる場合は指示対象を際立たせる働きをします(吉本 1992: 116-117)。ソ系を使った(12)は指示対象である「昨日行ったラーメン屋」を中立的に指示しますが、コ系を使った(13)では「昨日行ったラーメン屋」を際立たせようとする話し手の意図が感じられ、一種の強調のような機能があります。
後方照応(cataphora)
(14) 昨日こんなことがありました。玄関出た瞬間、雨が降ってきたんです。
(15) これ知ってますか? 近くの川で死体が発見されたって話。
(14)の指示代名詞を含む形式「こんなこと」は、それよりも後続する文脈に存在する「玄関出た瞬間、雨が降ってきた」を指示しています。このように後続する文脈の一部に対する指示代名詞による照応を後方照応(cataphora)と言います。日本語における後方照応にはコ系が現れます。稀にソ系が現れることもありますが、非常に珍しいのでここでは省略します。詳しくは※1(30-31ページ)を参照。
記憶指示
指示代名詞のうち、話し手と聞き手が持つ記憶(一般知識や共通認識などの一般知識的コンテクスト)を参照して指示するものを記憶指示(記憶文脈指示)と言います。記憶指示ではア系が用いられます。
(15) またあそこから夜景を見てみたいね。
(16) なんでだろう。あんなに頑張ったのに。
(17) えーっと、なんだっけ。あの人の名前。
(18) あー、佐藤ね。あいつとは子どもの頃よく遊んだなあ。
(19) あの頃は私も純粋だったなあ。
まとめ
コ系 | ソ系 | ア系 | ||
---|---|---|---|---|
現場指示 | 対立型 | 話し手の近くのもの | 聞き手の近くのもの | 話し手・聞き手の近くにないもの |
融合型 | 話し手と聞き手から近距離のもの | 話し手と聞き手から中距離のもの | 話し手と聞き手から遠距離のもの | |
文脈指示 | 前方照応 | 〇(際立たせる) | 〇(中立的) | ✕ |
後方照応 | 〇 | ✕ | ✕ | |
記憶指示 | ✕ | ✕ | 〇 |
参考文献
斎藤純男・田口善久・西村義樹編(2015)『明解言語学辞典』117.三省堂
日本語記述文法研究会(2009)『現代日本語文法7談話・待遇表現』15-36.くろしお出版(※1)
吉本啓(1992)「日本語の指示詞コソアの体系」『指示詞(日本語研究資料集 第1期第7巻)』105-122.ひつじ書房
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