協調の原理とは?

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協調の原理(Cooperative Principle)

 言語哲学者グライスは言外の意味に関する研究を本格的に行った第一人者で、彼が提唱した協調の原理(Cooperative Principle)やそれにまつわる考察は今日の語用論研究に大きな影響を与えています。ここでは簡単にグライスの考えをまとめ、協調の原理について概説します。

会話の推意(conversational implicature)

 グライスは、言語形式で表現される意味(文字通りの意味)に対して、言語形式では表現されない言外の意味(ことばの裏の意味)を “conversational implicature”(会話の推意)と呼びました。会話的推意、会話の含み、会話の含意などとも呼ばれますが、ここでは会話の推意で統一します。まず会話の推意について理解するため、息子が炊飯器からご飯をよそうときにお米が水分不足で硬くなっていることに気づいた場面の会話例を見てみます。

 (1)【息子が炊飯器のお米が硬くなってるのに気づいて】
     息子:お母さん、お米炊くときちゃんと水入れてる?
     母親:朝炊いて一日中保温してるから硬くなっちゃうんだって。

 この会話を文字通りに解釈すると、息子はお米を炊くときにちゃんと水を入れているかどうかを聞いていますが、母親はその問いに答えることはなく、一日中保温をしているからと答えました。一見して各発話が関係していない支離滅裂なやりとりになっているように見えますが、実は息子はその発話で「お米が硬くなってるのが不満だ」「お米が硬くなっているのは水をちゃんと入れていないからではないか」等の会話の推意を伝えようとしてると考えられます。母親はその会話の推意を読み取って、お米が硬くなっている理由について一日中保温しているからだと答えました。文字通りの意味で解釈すると会話が成り立ちませんが、このような会話の推意によってやりとりが支離滅裂にならずに済んでいます。ここでそれを実現しているのは後述する「関連性」の絆です。

協調の原理と4つの公理

 グライスは上述した会話の推意がどのように生まれるのかについて、協調の原理(Cooperative Principle)と呼ばれる会話の一般原理をもとに説明しようとしました。

 会話は会話に参加する人たちが共通の目的を持って行われ、またその目的に沿って発言することが一般に求められます。突然関係のない話をしたり、求められていないことを述べたりすることは合理的ではありません。つまり、会話には会話の参加者が遵守することが期待される一般原理があり、その原理にしたがって会話を協調的に進めていくのだとグライスは仮定しました。その原理は「会話の中で発言するときには、それがどの段階で行われるものであるかを踏まえ、また自分の携わっている言葉のやりとりにおいて受け入れられている目的あるいは方向性を踏まえた上で、当を得た発言を行うようにすべき」(P.グライス 1998: 37)と定義され、これが協調の原理(Cooperative Principle)と呼ばれています。

 グライスは協調の原理を満たすためにしたがうべき具体的な下位原則を4つのカテゴリー(量、質、関連性、様態)に分類しました。それぞれ量の公理、質の公理、関連性の公理、様態の公理と呼ばれています。これらの公理にしたがわない場合、協調の原理にかなう結果は生じません。(量の格率、質の格率、関連性の格率、様態の格率などと「格率」が用いられることもあって、こっちは哲学の用語。)

量の公理(Maxim of Quantity)
(ⅰ) (言葉のやりとりの当面の目的のための)要求に見合うだけの情報を与えるような発言を行いなさい。
(ⅱ) 要求されている以上の情報を与えるような発言を行ってはならない。
質の公理(Maxim of Quality)
(ⅰ) 偽だと思うことを言ってはならない。
(ⅱ) 十分な証拠のないことを言ってはならない。
関連性の公理(Maxim of Relation)
関連性のあることを言いなさい。
様態の公理(Maxim of Manner)
わかりやすい言い方をしなさい。
(ⅰ) 曖昧な言い方をしてはならない。
(ⅱ) 多義的な言い方をしてはならない。
(ⅲ) 簡潔な言い方をしなさい(余計な言葉を使ってはならない)。
(ⅳ) 整然とした言い方をしなさい。
清塚(1998: 37-39)の訳文を引用

 何か特別な事情があったりしない限り、話し手はこれらの公理にしたがって会話を進めると仮定されますが、常にこれらの公理が遵守されるわけではありません。グライス(1998: 43-44)によると、1⃣話し手は相手に気づかれないように公理を侵害したり、2⃣その運用を拒否したり、3⃣いずれかの公理を遵守するために他の公理を破らないといけないような衝突が起きたり、4⃣そもそも公理を無理したりして公理から逸脱する場合があります。このような逸脱によって聞き手は<話し手が言った通りの事柄(文字通りの意味)と協調の原理の間に矛盾が生じる>という問題に直面しますが、この矛盾こそが会話の推意を生じさせます。この方法で会話の推意が生み出されることをグライスは「公理を逆用する(exploit)」と表現しました。

 公理を逆用したり、衝突する例は後述します。

公理を逆用する例

量の公理を逆用する例

 (2) A:彼女さんはどんな人なんですか?
     B:普通の人ですよ。
 (3) 犯罪は犯罪だ。 (同語反復

 (2)では、AがBの彼女についてどんな人なのか詳しく聞くために質問をしましたが、それに対してBは「普通の人ですよ」とだけ答えました。Bとその彼女は恋人の関係にあるので、Bは彼女のことをどんな人か知らないわけがないですが、ここでは詳しく述べることはしていません。Aによって求められている情報を与えず、量の公理を破っています。Bは彼女について秘密にしたいから詳しく述べることを避けたい、あるいは実は彼女なんていないから話すことを避けたいなどの情報を伝えるべく、量の公理を逆用して会話の推意を生み出しています。
 量の公理を極端に無視する例として(3)のような同語反復トートロジー)が挙げられます。グライスによると、同語反復の発話は情報量がゼロであり、いかなる文脈においても量の公理に違反します。(3)の場合はそれが犯罪行為であることを強調したい等の話し手の会話の推意が生み出されます。

 (4)【学校をサボり、先生に休んだ理由を聞かれた場面で】
 熱が出てました。数日前から喉とかもだんだん調子が悪くなって、一番ひどいときはもう連絡できないくらいで寝込んでました。たぶん、体調が悪くなる前に映画館に行ってうつされたんだと思います。人がたくさんいたので。

 要求されている以上の情報を与えるような発言、すなわち多弁も量の公理に違反します。例えば(4)は実はサボったという事実を先生に悟られないために、学校を休んだ理由を聞かれてもないことを含め、言葉を尽くして説明しています。故意ではないので意図的に公理を逆用したわけではありませんが、量の公理には違反しています。このような例はグライスによると、関連性の公理を用いても説明可能です。

質の公理を逆用する例

 (5) 【皮肉】
     あいつのおかげで余計が仕事が増えたよ。
 (6) 【隠喩】
     (棒高跳びの選手を指して)彼は鳥だ。

 質の公理(ⅰ)を逆用する例としてグライスは皮肉、隠喩、緩叙法、誇張法を挙げています。(5)は文字通りに解釈すると、話し手は「あいつのおかげ」と述べたことで仕事が増えたことを嬉しく感じているという意味になりますが、仕事が増えることは誰にとっても望まないことは自明なので、文字通りの意味と話し手が伝えたいことに矛盾が生じます。皮肉は量の公理を逆用し、文字通りの意味とは矛盾する命題を表します。(6)のような隠喩は文字通りの意味が真であるはずがない、すなわち「彼」は人間であって「鳥」でないことは誰から見ても自明だから、あからさまに質の公理に違反しています。隠喩に対する最も有望な推論は、言及しているものの間に何らかの類似点があり、その特徴を有している、という解釈です。これが質の公理に違反する隠喩から生み出される会話の推意です。

 (7)【救急車の音が聞こえてきて】
     ほら、お前を迎えに来たぞ。

 救急車が聞き手を迎えに来たのは事実でないと知っていながら(7)のように発話したとすれば質の公理に違反します。この種の発話で生み出される会話の推意は、真実ではないことを言っている、すなわち冗談であるということです。

関連性の公理を逆用する例

 (8)【会議中、Bの説明中にAが口を挟んで】
    A:すみません、8ページのグラフはどういう意味ですか?
    B:で、次のページにはその対策をまとめています。

 Aは8ページに書かれているグラフの意味をBに問いましたが、Bはそれを無視し、8ページのグラフとは関係のない発言をしています。明らかにAの発言と関連性を持つことを拒み、それまでの説明を継続しようとすることで「口を出されるのは好きではない」「説明中に口を挟むな」「Aと取り合いたくない」「Aが嫌いだ」などを会話の推意が生まれます。

様態の公理を逆用する例

 (9)【故意の多義性】
    Yesterday is history.
    Tomorrow is a mystery.
    Today is a gift.
    That’s why it is called the present.

 訳すと「昨日は過去のこと。明日は未知のもの。今日という日は贈り物。だから『今』は present と言うのだ。」という意味です。present は「今」と「贈り物」の意味があるためにこのような表現が成り立ちます。このような故意的に多義性を持たせた発話は様態の公理に違反する例として挙げられます。具体的には「だから today は present と言う」と「だから gift は present と言う」という二つの意図された解釈を単に伝えたり、暗示する会話の推意が生み出されています。

 (10)【曖昧さ】
    子供:僕はどうやって生まれてきたの?(how was I born?)
    母親:ええと、コウノトリが運んできたのよ。(Well honey… the stork brought you to us.)
 (11)【曖昧さ】
    子供:どうして僕にチンチンがあるの?
    父親:ジャスコから買ってきたんだよ。

 様態の公理(ⅰ)を逆用する例として(10)(11)などが挙げられます。子供に対して直接言うことができないような内容をわざと曖昧な言い方にすることで他者には理解できても子供には理解できないようにし、それが子供には伝えられないことである、ということを会話の推意とするわけです。

公理が衝突している例

 (12) A:あいつ今何やってんの?
     B:仙台でなんかやってるらしいよ。

 Aはあいつが何をしているか聞いていますが、Bは仙台にいることしか知らず、仙台で何をしているかについては答えていません。求められているだけの情報を与えていないので量の公理に違反しています。しかし、量の公理に違反しないために求められた情報を与えようとすれば、十分な証拠のないことを言わなければならないので質の公理に違反しなければならず、2つの公理が衝突します。Bは結果として量の公理にすることを選び、この逆用によって「あいつが何をやっているか知らない」という会話の推意を生み出しています。

参考文献

 澤田治(2020)「グライス語用論」『はじめての語用論-基礎から応用まで』24-40頁.研究社
 澤田治美(2001)「推意(Implicature)」『入門 語用論研究-理論と応用-』35-63頁.研究社
 春木茂宏(2012)「会話における推論」『朝倉日英対照言語学シリーズ7 語用論』33-52頁.朝倉書店
 P.グライス(著)・清塚邦彦(訳)(1998)『論理と会話』31-59頁.勁草書房




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