対照分析仮説(Contrastive Analysis Hypothesis)
第二言語習得研究が本格的に始まった1960年代には、幼児が周囲から聞こえてくることばを何度も繰り返し真似することでことばを覚えていくという母語獲得過程が第二言語習得でも同じ過程をたどると考えられていました。そこで当時は、文法項目を何度も繰り返し練習して刺激に対する習慣を形成することで自動的に使用できるようになるという行動主義理論に基づく言語教育が行われていました。(代表的な教授法にはオーディオ・リンガル・メソッドがあり、そのような繰り返し練習はパターン・プラクティスと呼ばれています。)
この時代には、学習者は母語と第二言語の特性の相違点に難しさを感じ、第二言語にはあって母語にはない特性を新たに学ぶ場合に困難が生じると考えられていました。したがって、学習者の母語と第二言語の特性を詳細に対照分析して類似点と相違点を明らかにすることで第二言語習得における困難点が予測できるとされていました。このように母語と第二言語との相違点が習得を難しくする点であるという考え方を対照分析仮説(Contrastive Analysis Hypothesis)と言います。
対照分析仮説の問題点
この仮説にしたがえば、母語と第二言語の間で同じ特性を持つ項目では誤りは起こらないと予測し、異なる特性を持つ項目ではそれは困難点となると予測されます。具体的には、日本語にはない音声 [r] (rightなど)は日本語母語話者にとって習得が困難であると予測され、日本語にもある [m](mayなど)は習得が容易であると予測されます。しかし、母語と第二言語の特性が類似している場合でも母語の影響による誤り(負の転移)による誤用が生じているとする実証研究(※1)によって両者の違いが誤りの原因となると言い切れないことが分かり、対照分析仮説の予測とは異なることが分かりました。すなわち、誤用は母語の影響による誤りだけではないことが明らかになり、その後1970年代には学習者の誤用に焦点を当てた誤用分析(error analysis)が盛んになります。
参考文献
白畑知彦・若林茂則・村野井仁(2010)『詳説 第二言語習得研究 理論から研究法まで』17-29頁.研究社
鈴木孝明・白畑知彦(2012)『ことばの習得-母語習得と第二言語習得-』123-152頁.くろしお出版
※1
実証研究の例としては白畑ら(2010: 132-135)のがそんな負担なく読めるのでおすすめ。
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