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コンテクスト(文脈)とは?

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コンテクスト(context)

 語用論におけるコンテクスト文脈:context)とは、「言語単位が体系的に使用されるときの関連したあらゆる動的状況や動的環境(any relevant features of the dynamic setting or environment in which a linguistic unit is systematically used)」(Huang 2014: 16)を指します。話し手側から見れば、コンテクストは話し手が伝えようとしている意図を聞き手に伝達する手助けとなる情報源であり、また聞き手側から見れば、コンテクストは話し手が伝えようとしている意図を理解するための手掛かりとなる情報源です。

 【窓が開いていない部屋で】
 (1) なんでこんなに暑いの。

 (1)の発話を字義通りに理解すると “話し手は今いる部屋が暑い理由を問うている” と解釈できます。しかし(1)の発話がなされた【窓が開いていない部屋で】という状況を考慮すれば、この話し手は “窓を開けてほしい” や “エアコンをつけてほしい” といった意図を伝えようとしている解釈も可能です。このときの部屋の状況は話し手が当該発話を行った意図を正確に解釈することを支えるコンテクストとして機能します。「はい」と発話してもしかめっ面だった場合はおよそ「いいえ」に近い意図を伝達するように、話し手の意図を正確に解釈するためにはコンテクストを参照する必要があります。

 コンテクストは Ariel(1990: 5-6)によって言語的コンテクスト(Linguistic Context)、物理的コンテクスト(Physical Context)、一般知識的コンテクスト(General Knowledge Context)の3つに分類されました。これはコンテクストを地理的に分類したもの、すなわち話し手の正確な意図を解釈するための情報源が存在すると思われている場所による分類です。先行する発話と後続する発話は言語的コンテクストとなり、発話現場の物理的状況は物理的コンテクストとなり、一般知識や百科事典的知識は一般知識的コンテクストとなります。

言語的コンテクスト(Linguistic Context)

 ある発話の解釈がそれに先行する発話や後続する発話によって支えられているとき、その先行する発話や後続する発話言語的コンテクストと呼びます。例えば(2a)では “青森山田が勝つことを望む” と “青森山田に対して勝つ” という2つの解釈ができ、意味論的には曖昧で多義的です。しかし「青森出身だから応援してる」や「八戸光星の攻撃力で」という発話が先行している場合、前者(2b)の解釈は “青森山田が勝つことを望む” に、後者(2c)の解釈は “青森山田に対して勝つ” になり、解釈が一義的になります。

 (2)a 次の試合では青森山田に勝ってほしい。
    b 青森出身だから応援してる。次の試合では青森山田に勝ってほしい。
    c 八戸光星の攻撃力で、次の試合では青森山田に勝ってほしい。
 (3) A:田中、仕事辞めるらしいよ。
     B:あいつずっと前から様子おかしかったからな。
 (4) 妹:ケーキ勝手に食べたの誰?
     母:お兄ちゃん

 私たちは文章を理解するときに前後の文と文の意味的な関係性を読み取ろうとするので、(3)のAとBの発話の間にも何らかの関係があると思い読み進めます。その一つの関係性が「あいつ=田中」です。Bの発話が理解できるのは、先行する発話Aの中に言語的コンテクスト「田中」があり、指示詞「あいつ」が先行する発話に含まれる「田中」を指しているからです。
 (4)の母の発話「お兄ちゃん」はそれだけだと正確な意図を理解できませんが、先行する妹の発話「ケーキ勝手に食べたの誰?」によって “ケーキを食べたのはお兄ちゃん” という意図であることが分かります。「お兄ちゃん」に見られる省略された発話の理解は、先行する発話が何に言及しているかを参照することが重要です。

物理的コンテクスト(Physical Context)

 ある発話の解釈が発話現場の物理的状況(発話現場にいる人物、事物、場所、方角、時間…)によって支えられているとき、その発話現場の物理的状況物理的コンテクストと呼びます。例えば(5)は全て「これでお願いします」という発話ですが、それぞれ「これ」が指すものが異なり、全て違う意図を伝えています。(5a)の「これ」は話し手が取り出したクレジットカードを指し、(5b)は話し手が指差したメニューに書かれているAセットを指し、(5c)は話し手が購入を決めた目の前の洗濯機を指しています。「これ」が指すものは発話現場の物理的状況によって代わり、つまり物理的コンテクストは発話の解釈を一義的にします。

 (5)a これでお願いします。(レジでクレジットカードを出して)
    b これでお願いします。(メニューのAセットを指して)
    c これでお願いします。(電気屋で新しい洗濯機を選ぶとき)
 (6) 佐藤さんは彼女ではなく、彼女です。
 (7) 明日は佐藤さんの誕生日です。

 (6)の発話は、話し手が一人の女性を指して「彼女ではなく」と言ったあとに別の女性を指して「彼女です」と言った場面を見れば、それぞれの「彼女」が誰であるか分かります。しかしそうした場面を参照しない場合は「彼女」が誰を指しているか分かりません。また、(7)の「明日」が何月何日であるかは発話現場における時間(発話時)を参照する必要があります。発話時が8月27日であれば誕生日は8月28日であることが分かり、「明日」の解釈が一意に定まります。発話時を参照できない場合は「明日」を解釈することはできません。

一般知識的コンテクスト(General Knowledge Context)

 ある発話の解釈が話し手と聞き手が共有している一般知識や共通認識によって支えられているとき、その一般知識や百科事典的知識一般知識的コンテクストと呼びます。例えば、私たちは紫禁城が中国にあることを現実世界の一般知識として知っているので、(8a)のように発話することができます。しかし同時に、パリには紫禁城という観光名所がないことを知っているので、(8b)のように発話することは不適切です。これらの発話について適当・不適当と判断できる材料として一般知識的コンテクストを用いています。

 (8)a I went to Beijing last month. The Forbidden City was magnificent.
      (先月北京に行きました。紫禁城は素晴らしかったです。)
    b ?I went to Paris last month. The Forbidden City was magnificent
      (先月パリに行きました。紫禁城は素晴らしかったです。)(Huang 2014: 16)
 (9)  明日は8月13日だから、お墓参りに行くよ。

 (9)を字義通りに理解すると “お墓参りに行く理由は明日が8月13日だから” と解釈できますが、8月13日はお盆の始まりで、日本ではお盆にお墓参りをする習慣があるという一般知識的コンテクストを有する者でなければこの発話を理解することはできません。これもまたその解釈がコンテクストによって支えられています。

参考文献

 澤田淳(2020)「言語行為論」『はじめての語用論-基礎から応用まで』5-11頁.研究社 
 Ariel, Mira (1990) Accessing noun-phrase antecedents. London: Routledge.
 Huang, Yan (2014) Pragmatics. Second edition. Oxford: Oxford Unicersity Press.




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