授受表現(benefactive expression)
「あげる」「くれる」「もらう」に代表される、物の授受や行為の授受を体系的に表す3系統の動詞群を授受動詞(benefactive verbs)と言い、授受動詞を用いた表現を授受表現(benefactive expression)と呼びます。授受の与え手や受け手に対する待遇の価値を見ると、それらをぞんざいに待遇すべき者として扱う「やる」、同等で平等に待遇すべき者として扱う「あげる」「くれる」「もらう」、丁寧に待遇すべき者として扱う「差し上げる」「くださる」「いただく」に分けられます。
「あげる」系統 | 「くれる」系統 | 「もらう」系統 | |
---|---|---|---|
ぞんざいな待遇 | やる | ー | ー |
同等な待遇 | あげる | くれる | もらう |
丁寧な待遇 | 差し上げる | くださる | いただく |
これらの授受動詞は、以下に示す①与え手と受け手のどちらを主語にするか、②主語がウチの人物かソトの人物か、という2つの観点によって「あげる」系統、「くれる」系統、「もらう」系統の3系統に分けられます。「あげる」系統には「やる」「あげる」「差し上げる」が含まれ、3系統の中では唯一のマイナス待遇の価値を持った動詞「やる」を含んでいます。また、「差し上げる」は「あげる」の尊敬語にあたります。「くれる」系統に含まれるのは「くれる」と「くださる」の2つで、「くださる」は「くれる」の尊敬語にあたります。「もらう」系統には「もらう」と「いただく」が含まれ、「いただく」は「もらう」の謙譲語Ⅰにあたります。
「あげる」「くれる」「もらう」の使い分けは以下の2つの観点で分類できます。
【分類の観点①】与え手と受け手のどちらを主語にするか
与え手(A)が受け手(B)に対してプレゼントを送った事態を日本語で描写する場合、考えられる述べ方は「あげる」を用いた(1)、「くれる」を用いた(2)、「もらう」を用いた(3)の3つあります。これらの文は全てプレゼントがAからBへと移動した事態を表していますが、実際に表現されている意味内容は同じではありません。
(1) Aが Bに あげた。 <与え手A視点で表現>
(2) Aが Bに くれた。 <与え手A視点で表現>
(3) Bが Aに もらった。 <受け手B視点で表現>
(1)(2)は与え手であるAさんを主語に置くことで事態をAさん視点で捉え、「Aがあげた」「Aがくれた」ということを表現したいのに対し、(3)は受け手であるBさんを主語に置くことで事態をBさん視点で捉えて「Bがもらった」ことを表現しています。すなわち、授受動詞は授受の与え手を主語にするか(与え手をガ格でとるか)、受け手を主語にするか(受け手をガ格でとるか)という観点から次のように二分できます。
与え手を主語にする(与え手はガ格、受け手はニ格) | 受け手を主語にする (受け手はガ格、 与え手はニ格) |
---|---|
「あげる」系統 「くれる」系統 | 「もらう」系統 |
与え手と受け手のどちらを主語にするかという観点を用いると上のように分類できますが、この観点だけではどちらも与え手を主語にする「あげる」系統と「くれる」系統の使い分けを説明することができません。そこで、次に注目するのが、「あげる」と「くれる」の与え手と受け手の人称制限です。どちらも与え手を主語にするとはいっても、「私」が与え手、「彼」が受け手の場合では、「あげる」を用いた(4a)だけが正しく、(4b)は非文です。また、「彼」が与え手、「私」が受け手の場合では「あげる」を用いた(5a)が非文で、(5b)が正しくなります。この点の使い分けにはウチとソトという概念に基づく人称制限が関係します。
(4) a 私が 彼に あげた。
b *私が 彼に くれた。
(5) a *彼が 私に あげた。
b 彼が 私に くれた。
【分類の観点②】主語がウチの人物かソトの人物か
授受動詞を分類する2つ目の観点には、授受の与え手と受け手の親疎関係が重要となります。その人物が話し手にとって親しみや共感を感じる人物かどうか、身近な人物であるかどうかの度合いが高い場合、その人物は「ウチ」に含まれる人物になりやすく、その度合いが低い人物は「ソト」に含まれる人物になりやすいです。ウチ・ソトという概念は相対的なものです。例えば、話し手である「私」から見た「私」と「クラスメート」では、「私」がウチ、「クラスメート」がソトになりますが、話し手から見た「クラスメート」と「先生」であれば、より身近な人物である「クラスメート」がウチ、「先生」がソトになったりします。
(4) a 私が 彼に あげた。
b *私が 彼に くれた。
(5) a *彼が 私に あげた。
b 彼が 私に くれた。
「私」と「彼」の間の物の移動を表す場合、同じく与え手を主語にとる「あげる」系統と「くれる」系統の動詞であっても、「あげる」だけが「私」を主語にとることができ(4a)、「くれる」はそれができません(4b)。また、「彼」を主語にできるのは「くれる」だけで(5b)、「あげる」にはそれができません(5a)。これらから「あげる」はウチの人物を主語にとることができ、「くれる」はできない、と記述できます。
(6) a 私が 彼に もらった。
b *彼が 私に もらった。
ちなみに、「もらう」系統の動詞はウチの人物を主語にとることができ、この点は「あげる」系統と同じです。これらをまとめると次のようになり、2つの観点によって3系統の動詞が分類可能になります。
与え手を主語にする(与え手はガ格、受け手はニ格) | 受け手を主語にする (受け手はガ格、 与え手はニ格) | |
---|---|---|
ウチの人物を主語にする(ウチはガ格、ソトはニ格) | 「あげる」系統(ウチ→ソト:遠心的) | 「もらう」系統(ウチ←ソト:求心的) |
ウチの人物を主語にしない(ソトはガ格、ウチはニ格) | 「くれる」系統(ソト→ウチ:求心的) | - |
参考文献
鹿浦佳子・小村親英(2017)「話者の視点に立った「やりもらい表現」教授法-「感謝」を表す「くれる」と「依頼」を表す「もらう」-」『関西外国語大学留学生別科日本語教育論集』26: 23-40.
徳永千枝子(2015)「授受動詞の分類について-ヤルとアゲルの意味的差異を中心に-」『九州大学言語学論集』35: 254-265.
鄭光峰(2018)『イメージ図式による授受動詞の指導法-与え動詞「あげる・くれる」を中心に-』
森山卓郎・渋谷勝己(2020)『明解日本語学辞典』90頁.三省堂
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