オーディオ・リンガル・メソッド(Audio-Lingual Method)
成果をあげたアーミー・メソッドの手法が受け継がれ、1950年代半ばにミシガン大学のフリーズ(C.Fries)によって提唱されたのがオーディオ・リンガル・メソッド(Audio-Lingual Method)です。AL法、オーディオ・リンガル・アプローチ(Audio-Lingual Approach)、オーラル・アプローチ(Oral Approach)、ミシガン・メソッド(Michigan Method)、フリーズ・メソッド(Fries Method)などといろんな呼び方がされています。
オーディオ・リンガル・メソッドはアメリカの構造主義言語学(Structural Linguistics)と行動主義心理学(behaviorist psychology)に論理的基盤を置いています。これらに基づく考え方のうち、言語学習を”刺激に対して自然かつ自動的に反応する習慣を形成する過程”と捉え、機械的な練習をたくさん行うことこそがその習慣を形成し得るという言語習得観は、オーディオ・リンガル・メソッドを用いた実際の教室活動に大きな影響を与え、パターン・プラクティスやミニマルペア練習、ミムメム練習の重視に繋がりました。
パターン・プラクティス(pattern practice)
オーディオ・リンガル・メソッドでは、言語習慣を形成するために同じ文型を何度も機械的に発話させる練習を行います。この練習はパターン・プラクティス(pattern practice:文型練習)と呼ばれ、教師が与える大量の指示(キュー)にしたがい、学習者は意味を考える時間も与えられずに機械的に応答する形をとります。この練習は主に代入練習、転換練習、応答練習、拡張練習の4つに分けられ、いずれの場合でも徹底的に発音や言語構造の正確さ、流暢さが求められます。
代入練習(substitution drill)
教 師:机の上に本があります。
学習者:机の上に本があります。
教 師:冷蔵庫の中、アイス
学習者:冷蔵庫の中にアイスがあります。
教 師:椅子の下、ボール
学習者:椅子の下にボールがあります。
まず教師が基本となる文型を提示します。上記の例だと「~に~があります」という文型です。そのあと教師は「冷蔵庫の中」や「アイス」などのキューを提示して、学習者は適切な位置にキューを代入して全文を完成させます。キューは一つの場合もありますし、2つ以上の場合もあります。
転換練習(transformation drill)
教 師:彼は泳ぎます。彼は泳ぐことができます。
彼は泳ぎます。
学習者:彼は泳ぐことができます。
教 師:彼女は運転します。
学習者:彼女は運転することができます。
教 師:佐藤さんは英語を話します。
学習者:佐藤さんは英語を話すことができます。
転換練習は教師が提示するキューにしたがって、肯定と否定、ル形とタ形、辞書形と活用形などとその文型を転換させる練習です。変形練習ともいいます。上記の例は動詞を「~ことができます」に転換する練習です。
応答練習(response drill)
教 師:何のために日本語を勉強していますか。仕事を探す
仕事を探すために日本語を勉強しています。
何のために日本語を勉強していますか。仕事を探す
学習者:仕事を探すために日本語を勉強しています。
教 師:何のために学校に行きますか。勉強する
学習者:勉強するために学校に行きます。
教 師:何のために教室を掃除しますか。綺麗にする
学習者:綺麗にするために教室を掃除します。
応答練習は教師の質問に対して、提示されたキューを使用して応答する練習です。質問に対して応答させるので、Yes/No疑問文や疑問詞疑問文が用いられます。
拡張練習(expansion drill)
教 師:学校に行きます。
学習者:学校に行きます。
教 師:自転車で学校に行きます。
学習者:自転車で学校に行きます。
教 師:8時に自転車で学校に行きます。
学習者:8時に自転車で学校に行きます。
長文をリピートさせるために、まずは短い文からリピートさせ、次々に文中の要素を繋げて拡張して長文にしていく練習を拡張練習と言います。(→ビルド・アップ練習法)
オーディオ・リンガル・メソッドの衰退
オーディオ・リンガル・メソッドは科学的な教授法として戦後の外国語教育理論の主流となりましたが、1960年代に入ると様々な批判を受けるようになります。
・アメリカの言語学の主流が生成文法に変わり、オーディオ・リンガル・メソッドの科学的根拠が失われた。
・受動的で単調なパターン・プラクティスでは創造的な発話がなされないからコミュニケーション能力は身につかない。
・機械的練習を繰り返す忍耐力が必要で、学習意欲の低下は避けられない。
・言語構造を重視するあまり、言語の意味がおろそかになる。
・読み書きは後回しなので学習者によっては不満が出る。
こうしたデメリットを改善しようと、TPR、サイレント・ウェイ、CLL、サジェストペディア、コミュニカティブ・アプローチなどの新しい教授法が次々に開発されました。
参考文献
石田敏子(1988)『日本語教授法 改訂新版』20-21,31-33頁.大修館書店
中森昌昭(1998)「オーディオ・リンガル・メソッド」『日本語教授法ワークショップ』1-21頁.凡人社
木村宗男・阪田雪子・窪田富男・川本喬(1989)『日本語教授法』52-54頁.おうふう
高見澤孟(2016)『増補改訂版 新・はじめての日本語教育2 日本語教授法入門』155-158頁.アスク
田中望(1988)『日本語教育の方法―コース・デザインの実際』108-112頁.大修館書店
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