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オーディエンス・デザインとは?

目次

オーディエンス・デザイン(Audience design)

 Bell(1984)は、話し手は自分の聴衆(Audience)に応じてコードを選択したり、発話スタイルを調整しているとするオーディエンス・デザイン(Audience design)というモデルを提唱しました。このモデルでは以下に示すように、中心に「話し手(Speaker)」がいて、その周辺に「聞き手(Addressee)」「傍聴者(Auditor)」「偶然聞く人(Overhearer)」「盗み聞く人(Eavesdropper)」の4種類の聴衆が順番に配置されているとし、話し手は自分の発話スタイルを聴衆に合わせて調整すると考えます。聴衆のうち、話し手の発話スタイルに最も影響を及ぼすのは「聞き手」であり、それよりも外側に位置する聴衆ほど発話スタイルに与える影響は小さくなっていくとされています。

聴衆の分類

 聴衆は 1⃣話し手に話しかけられているか(Addressed)、2⃣傍にいて聞くことを話し手に認められているか(Ratified)、3⃣傍にいて聞いていることを話し手に知られているか(Known)という基準で4種類のいずれかに分類され、話し手の話し方に影響を与える各種の役割が与えられます(Bell 1984: 159-160)。

知られている
(Known)
認められている
(Ratified)
話しかけられている
(Addressed)
聞き手(Addressee)
傍聴者(Auditor)
偶然聞く人(Overhearer)
盗み聞く人(Eavesdropper)

 例えば、教室で学生のAさん、Bさん、Cさんの3人が話をしている場面で考えます。話し手であるAさんがBさんに対して話しかけたとき、Bさんは 1⃣2⃣3⃣ の全てを満たすため「聞き手」の役割が与えられます。一方CさんはAさんには話しかけられていないので 1⃣ を満たしていませんが、2⃣3⃣ は満たしているので「傍聴者」となります。3人は教室の一角で話をしていて、その周囲には別の学生がいます。彼らはAさんによって話しかけられていないし、話をそばで聞くことを認められていないですが、近くにいることから、Aさんに話を聞いていることを知られている可能性があります(言い換えると、Aさん達の達の話をたまたま聞いてしまう可能性があります)。その場合、彼らは 3⃣ を満たすので「偶然聞く人」の役割が与えられます。さらに、Aさんによってその存在が知られていない者、例えばAさんの背後にいる学生や廊下にいる学生は 1⃣2⃣3⃣ のどれも満たさないので「盗み聞く人」です。このように聴衆の役割は話し手によって割り当てられます。

聴衆が話し手の話し方に及ぼす影響

 4種類の聴衆は話し手に近いほど話し手の発話スタイルに及ぼす影響力を持つと考えられます。つまり「聞き手」が最も強い影響を及ぼし、順に「傍聴者」「偶然聞く人」と並びます。「盗み聞く人」は話し手によってその存在を知られていないため、定義上、「盗み聞く人」は話し手に影響を与えることはありません(Bell 1984: 160-161)。つまり話し手の発話スタイルに影響を及ぼす度合いは次のようになります。

 聞き手 > 傍聴者 > 偶然聞く人 > 盗み聞く人
 Speaker > Addressee > Auditor > Overhearer

 また、各円が話し手から遠くなるほど、話し手の聴衆との物理的距離も遠くなります。つまり聴衆の物理的距離は話し手の発話スタイルに及ぼす影響に相対的に関連しています。

 オーディエンス・デザインは話し手の言語選択の全てのレベル(コード・スイッチング、敬語の使用不使用、丁寧体と普通体の切り替えなどのスタイルシフトなど)に影響を及ぼします。聴衆は話し手の発話を単に聞いているだけの受動的な存在ではなく、実は話し手に対して積極的に影響を及ぼす存在です。話し手は聴衆に従属し、聴衆に応じて発話スタイルの調整します(Bell 1984: 161)。

話し手は聞き手の何に応じて話し方を調整しているか

 Bell(1984: 167-168)は話し手は主に聞き手に応じて話し方を調整していると主張していますが、具体的に聞き手のどのような点に反応しているかについて次の3点を挙げています。

 ⅰ.話し手は聞き手の個人的な特徴を判断し、それに合わせて話し方を調整する。
(Speakers assess the personal characteristics of their addressees, and design their style to suit.)
 ⅱ.話し手は聞き手の発話の一般的なスタイルレベルを判断し、それに相対的にシフトする。
(Speakers assess the general style level of their addressees’ speech, and shift relative to it.)
 ⅲ.話し手は聞き手の特定の言語変数に対するレベルを判断し、それらのレベルに相対的にシフトする。
(Speakers assess their addressees’ levels for specific linguistic variables, and shift relative to those levels.)

 聞き手の出身が同郷であればそれに合わせて地域方言を用いて話したり、聞き手が外国人であればフォリナートークを用いたりするように、話し手が聞き手の社会的属性(性別、年齢、出身、身分等)に応じて話し方を調整するのはよく知られていることです(ⅰ)。また、聞き手が敬語を用いていれば話し手も敬語を用い、非敬語であれば非敬語を用いる等、聞き手のスタイルレベルに応じた話し方の調整も行われ(ⅱ)、聞き手の音韻、形態、統語、語彙の各レベルに見られる変異にも話し手は反応する(ⅲ)と考えられています。

聴衆の役割の階層を逆転させる例

 基本的に聴衆は外側の円に位置するほど話し手に対する影響力が弱くなりますが、マスメディアのマスコミュニケーションでは外円に位置する聴衆のほうが話し手の発話スタイルに強く影響を与えることがあり、その例として、1976年のアメリカ大統領選挙キャンペーン中のジミー・カーターのインタビューを挙げています(Bell 1984: 177-178)。

 カーターはプレイボーイ誌のインタビュワーにインタビューを受けましたが、インタビューが終わって退席する際に、カーターはそれまでの調整された発話スタイルを逸脱し、screw や shack up with(性交)などのことばを用いて性的欲求についての発言をしました。その様子は報道され、これらの発言はカーター候補の支持者を不快にさせました。

 マスメディアのインタビューにおける「聞き手」はインタビュワー、「傍聴者」は報道を見る人、そして事実上残り全ての人々が「偶然聞く人」にあたります。通常のコミュニケーションでは話し手にとって「聞き手」が最も重要ですが、マスコミュニケーションでは「聞き手」よりも「傍観者」や「偶然聞く人」のほうが重要になる可能性が高くなります。つまり話し手は目の前の「聞き手」ではなく、直接知り得ない様々な聴衆(例えば他の政治家や公人、局の要人、支援者、有権者など)に対応しなければいけません。カーターの性的発言は「聞き手」のインタビュワーには受け入れられたものの、「聞き手」を超えたところにいる多くの「偶然聞く人」の存在を無視したもので批判を集めることになりました。マスコミュニケーションでは「聞き手」ではなく、「傍観者」や「偶然聞く人」のほうが話し手に与える影響力を持つので、彼らに対して自らの話し方を調整する必要があります。

参考文献

 東照二(2009)『社会言語学入門<改訂版> 生きた言葉のおもしろさに迫る』101-110頁.研究社
 Bell, Allan (1984) Language style as audience design. Language in Society 13 (2): 145-204.




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