「彼は優柔不断で決断力のある人ではない」という文に触れる機会がありました。
この文は述語に否定の形式「ではない」があって、その否定は「決断力のある人」だけを否定してます。もし「優柔不断」を否定した場合は、言い換えれば、”優柔不断ではなくて、決断力がない人”となってしまって、意味が矛盾してしまいます。こんなふうに、意味の整合性をとるために否定される部分(フォーカス)を見極めて聞いてるんだなあと思いました。
(1) 彼は勇敢で決断力のある人ではない。
(2) 彼は優柔不断で決断力のある人ではない。
例えば(1)なら、おそらく「勇敢」も「決断力のある人」も否定していると考えられます。なぜなら、「決断力のある人」だけを否定すれば、”勇敢かつ決断力のない人”という矛盾した意味になってしまうからです。
調べてみると、従属度が高い従属節は主節と一緒に否定される範囲(スコープ)に入るそうです。例えば「歩きながら食べてない」だと、歩いてもないし、食べてもないわけです。ところが従属度が低い従属節、例えば(1)(2)のような一種の等位・並列節のようなものだと、否定される範囲に含まれたり含まれなかったりするとのこと。その場合は、やっぱり意味的な矛盾がないように調整されるのかもしれません。
参考文献
日本語記述文法研究会(2007)『現代日本語文法3アスペクト・テンス・肯否』241-242.くろしお出版

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